2009年3月30日月曜日

ジル・ヘイグ/エレン・マロス『ドメスティック・バイオレンス』

原題は"Domestic Violence"。そのまんま^^;

私が翻訳チェックと編集を担当した書籍が刊行されました。
『ドメスティック・バイオレンス―イギリスの反DV運動と社会政策』(明石書店)です。英国のドメスティック・バイオレンスに対する対応の歴史をうまくまとめた概説書になっています。普遍的なドメスティック・バイオレンス関連の問題もいろいろ取り上げられているので、日本のDVを考える際にも役に立つ本だと思います。
たとえば、DV(これは主に男女間の暴力です)と児童虐待の関係、DVから逃れた女性の住む場所や保護の方法の問題、社会的マイノリティ(ゲイやレズビアン、障害者など)に対するDV、DVに関係する男女の処罰の軽重など、考えさせられる話題がたくさんあります。

男性にもきちんと読んでほしい、データもたっぷりの勉強になる本です!
……ちょっと高いので、簡単には買えませんけどね^^;

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ドメスティックバイオレンス イギリスの反DV運動と社会政策

2009年3月29日日曜日

グランジェ『コウノトリの道』『クリムゾン・リバー』

原題"Le Vol Des Cigognes""Les Rivieres Pourpres"
ルブランに刺激されて、フランスのでっかい話をもっと読みたくなったので、本棚から引っ張り出してきました。ああ、『モンテ・クリスト伯』を読むという手もあったな。今度読もう。

1994年と1998年にフランスで出版されたミステリです。先に読んだのは新しいほうの『クリムゾン・リバー』でした。これが、最初に読んだときはもうびっくり仰天しました。こんなのあるんだーって。こちらは映画にもなっているので、映画も見ました。ラストのほうは気にくわなかったけれど、暴力デカのニエマンスジャン・レノがやっているのはぴったりでしたっけ。でも、アラビアンなカリムも見たかった。
小説にはたまに「これは映像化に適しているなあ」と思うものがあるのですが、グランジェの小説はまさに映画にするしかない、というものばかり。とにかく絵にしたらすごい、と思うシーンがいっぱいあるし、ストーリーの持っていきかたも派手だし(ちなみに、他に「これは映画にするしかないな」と思った小説に『ダ・ヴィンチ・コード』があったりします。好きじゃないけど)。特に『クリムゾン・リバー』は舞台が他の小説ほどあちらこちらに飛ばないので、作りやすさも○。もっとも、映像化に適しているという評価は小説としてのおもしろさとは直行する概念でして、おもしろいものもつまらないものもあります。グランジェの小説は、小説としてもとにかくおもしろいのです。そんなことが!って驚くような事実が現れるんだけど、それがとんでもないのにうそっぽくない。そこがすばらしいです。それにしても、どれも長いんですよね。『クリムゾン・リバー』は四五〇ページを超えてます。しかも、それがほぼたった1日間、足かけ3日のできごとなんだからびっくりです。しかも、その間ニエマンスはまったく寝ない(正確に言えば45分ぐらい仕事中に寝落ちしてますが)。ちゃんと寝ろよ、ニエマンス。

コウノトリの道』のテーマは、ヨーロッパとアフリカを往復する渡り鳥のコウノトリ。のはずなんですが、これがまたとんでもなくでっかい展開になっていきます。同時に主人公のルイ・アンティウォッシュの変わり者ぶりがだんだん明かされていって、その理由がわかっていきます。この小説は舞台がとても広いです。コウノトリは東欧も通るので、ブルガリアのロマなども登場して、そのあたりがまた興味深いです。ロマのごちそうと言われるハリネズミ料理のおいしさが語られるシーンがあって、一度食べてみたいなあ、と思ってしまいました。ジプシー研究者の関口さんも、「ジプシーキャラバンでごちそうになる謎のごった煮がすごくおいしいんだ」と以前言ってらしたので、さらに興味津々。ロマの医者ミラン・ジュリクが出てくるのですが、この人がとってもしぶくていい感じです。実は、本書の中で一番かっこいいのは彼でしょう。

とにかく、分厚さに負けず一気に読めてしまうおもしろさと謎ときのスピード感が好きなら、グランジェの小説はとってもおすすめです。和訳はもう1冊『狼の帝国』が出ています。こちらは主人公が女性で、さらにしぶーい女性医師が出てきて、女性の身としてはうれしくなります。ちょっと話が大きすぎてあれとこれとそれがまとめきれていない感もありますが。とにかく、どの小説も買って、読んで、損はありません。(謎の)知識もいろいろ増えるし。ただし、どれにも痛そうな描写やかなりグロテスクなシーンがたくさん出てくるので、その辺は要注意。こういう本を食事中(一人だとついながら食べしてしまいます)に読めてしまう自分がちょっと心配。

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クリムゾン・リバー (創元推理文庫)
コウノトリの道 (創元推理文庫)
狼の帝国 (創元推理文庫)

2009年3月28日土曜日

中村光『聖☆おにいさん』

3巻が発売になりました。わーい。さっそく読みました。
有給休暇中のブッダイエスが立川のアパートで地味に暮らしているというシチュエーションのマンガです。これが、とんでもなくおもしろいんですよ。ものすごくがきくさいイエスと、どことなくおばさんくさいブッダのコンビが最高です。……『ヘルシング』が英国で人気だという現在でも、こればっかりは輸出できないような気がするなあ(笑) 3巻も期待通り、つぼが満載でめちゃくちゃ笑わせていただきました。ウリエルいいかも! 三巻の表紙はとってもきれいなんですが、帯をはずすとさらにすてきな仕掛けがあってうれしくなりました。『聖☆おにいさん』って、普通に前知識なしに読んでも十分おかしいのですが、仏教やキリスト教について知ってるとよけいおかしい。そのエピソードをそう解釈するかーみたいな。そういう意味で、けっこう読者対象が広そうな感じです。まあ、ものすごく敬虔な信者の方々には向かないかもしれないけど。

ところで、このマンガ(と『荒川アンダーザブリッジ』の)作者、中村光って女性なんですね! なんとなく男性だと信じ切っていたのでびっくりしました。うーん、絵のせいかなあ。うーん、パンツとかが普通にいっぱい出てくるせいかなあ。いやあ、びっくりした後に、なんだかうれしくなってしまいました。
私がいま新刊が出たら必ず買うようにしている漫画家は、よしながふみサラ・イネス清水啓子青池保子と、この中村光です。さらに、新刊が出ないから買ってないけど、出たら買うのに、と思う漫画家は内田美奈子。気がつくと全部女性ですね。そして、女性作家のわりにどっちかというと男性がメインで出てくる話を書く人ばっかりだ。なんでだ。まあ性別というより、作風の問題なんでしょうけど。
他にも読んでいるマンガはいろいろあるのですが、同じ家に私の12倍、いや24倍ぐらいマンガを買う人がいるので、受動的受容が多いんですよね。正直「なぜ買ったの?」と内心思ってしまうのもあります。あ、でも『さよなら絶望先生』は全力で楽しみにしてますから~(他力本願)。

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聖☆おにいさん 3 (モーニングKC)

2009年3月26日木曜日

ルパン傑作集

なんとなく思い立って、モーリス・ルブランアルセーヌ・ルパンものを片っ端から読み返しました。と言っても、少年探偵が登場する話やシャーロック・ホームズがこけにされる話ははあんまり好きじゃないので、『奇岩城』『ルパン対ホームズ』『水晶栓』はすでに手放しています。手元にあるのは『強盗紳士』『ルパンの告白』『バーネット探偵社』『八点鐘』(ここまで短編集)と『813』『続813』『棺桶島』の7冊。特に『八点鐘』『バーネット探偵社』『棺桶島』は好きでストーリーもほとんど暗記状態ですが、他の4冊は数年ぶりだったので、とっても新鮮な気分で読めました。古典的ではありますが、やっぱりおもしろい。反省しているようで、実は全然反省していない強盗紳士っぷりがたまりません。登場する他の人々も、それぞれ善悪あわせもつ人間らしい人間ばかりで、さすが「小説」の国フランスだなあ、と思いました。
対して、かなり読み返している3冊はミステリとしてなかなかできがいいし、ルパンが偽名で登場するのでルパン物というより普通に推理小説として楽しめるのがひいきの理由です。ちゃんと恋愛話も入ってるし。『バーネット探偵社』のあるエピソードはルパンがちょっとひどすぎると思いますが(笑) 『棺桶島』の荒唐無稽さはたまりません。すごく映画化に向く話だと思うんだけど、映画化されてないのかしら?

さて、そんなルパン物ですが、私の持っているのは新潮文庫のルパン傑作集です。なんと堀口大學の翻訳で、刊行は昭和30年代、つまり1960年台。堀口大學の訳は時代の香りがして、なんともたまりません。なんといっても、男性の第一人称が(年齢を問わず)「わし」ですもん。それでも、初版で地主階級の男の人を「田紳」と書いていたのを「田舎紳士」と直したりしたんだ、と訳者あとがきに書いてありました。今となっては、その多少の古めかしさがルパン物にはぴったりに思えます。原作自体書かれた時代も古いし、強盗紳士という存在がそもそも現実にはそぐわない空想的な存在なんですから。これでも翻訳を仕事にしている身なので、「この文章はどう訳すべきか」をいつも考えています。趣味で本を読んでいても、つい自分の頭の中で訳し直したり、原文を想像したりします。原文の存在を意識せずにすんなり読める、でも原文の意味には忠実な文章を書きたいものです。そういう意味でも、堀口大學ってすごいなあって思ってしまう。有名な詩の翻訳も、もとから日本語で書かれたかのような美しさですもんね。

さて、古い本には内容とはまた別の楽しみもあります。このルパン傑作集は初版を持っているわけではありませんが、それでも1980年代に印刷された本なので、けっこう焼けて年季が入っております。そして、(活字フェチの私にはここが重要なんですが)使われている活字が小さくてかっこいいのだ。昔(すなわち活版時代)の本は上品な活字を使っていました。同じ明朝系なんですが、今よく使われているものよりも縦長ですっきり。そして小さかった。この本は、10級の活字が1ページに43字x19行入ってます。最近新潮文庫は買っていないので直接の比較はできませんが、ちなみに刊行されたばかりの講談社文庫は12級の活字が38字x17行です。1ページあたりの文字数がなんと171字も違うのだ。最近の文庫がやたら分厚かったり、どんどん読めちゃったりするのは、実は活字のせいでもあるんですね。でもそれって、なんだか内容が薄い気がしちゃうんですよ。場所もとるし(切実……)。老眼になったら言うことも変わるのかもしれないけど、私は1ページにいっぱい文字が入ってる方がうれしいです。はい、時代に逆行してます。編集の仕事もしているので、たまに字詰めなども検討するのだけれど、自分の趣味と世の流れをすりあわせるのが大変なのだよ。

今は電子媒体で本を買ったり、インターネットでいろいろ読んだりできてしまうけれど、なんと携帯電話でもいろいろ読めてしまうらしいけれど、やっぱり紙で(しかも日本語の場合縦書きで)読むことは、内容の受け止め方にとてもよい影響があるように思えてしかたありません。心理学者ではないので実験して検証することはできないですけどね。単に情報を得るだけなら媒体がなんだろうとかまわないし、横書きのほうがよい場合も多い。でも、フィクションを楽しむときには、やっぱり本の形で、縦書きで、しかもできれば活字や紙の色がしっくりくるほうがいい。内容に没頭できるし、うまく説明できないけれど、心の奥深くまで入ってくる気がするのです。しかも、寝ながら読めるしね!

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強盗紳士 (新潮文庫―ルパン傑作集) これだけ30年前と装丁が変わってなくてびっくり。
ルパンの告白 (新潮文庫―ルパン傑作集)
バーネット探偵社―ルパン傑作集〈7〉 (新潮文庫)
八点鐘―ルパン傑作集〈8〉 (新潮文庫)
813 (新潮文庫―ルパン傑作集)
813 (続) (新潮文庫―ルパン傑作集)
棺桶島 (新潮文庫―ルパン傑作集)

2009年3月20日金曜日

クルーガー『二度死んだ少女』

原題"Blood Hollow"。
アメリカ原住民のオブジワ族の血をひく元保安官コークが主人公の小説です。ミステリとしてもそれなりに整っているし、登場するオブジワ族の文化のなんとも魅力的なこと。オブジワ族の魔術師ヘンリー・メルーがすばらしいです。なつかしのカスタネダの著作が思い出される部分も。コークのシリーズはこれが第4作目になるのだけれど、やっぱり順番に読むとより感慨深いものがあります。本作では、オブジワ族の文化に並んで、カトリックの教義もわりと大きく取り上げられています。

さて、本筋とはちょっと離れて思ったこと。
今仕事の関係でいろいろ調べ物をしているのですが、その中で「民主主義国家同士は戦争をしない」という学説を知りました。言いたいことはすなわち「ほら、日本とかも第二次世界大戦後に民主化されて脅威じゃなくなったろ? だから社会主義の国とか独裁政治の国は民主主義にしてやるのがよろしい」っていう、アメリカ合衆国の民主主義の保護者・伝道者としての活動を支持するような言説なわけです。
"その論理はなんか納得いかない "って思うんだけど、反論しても言い方ですり抜けられてしまいそうな気がする微妙な学説です。あ、今思いついたけどインドとパキスタンの小競り合いとかはどうなの? あんなの戦争という規模じゃないってこと?まあ、その辺りは今回言いたいことじゃないので詳しく考えるのは後回しにして、 とにかく

 そんな風に「民主主義」を信奉している国で、
 例えば本書のように、キリスト教的な宗教心の篤さが強く語られる、
 実際にも、宗教的活動が非常に盛んである、

つまり、アメリカ合衆国ってプラグマティズムの国なのに、実は世界一本気で宗教信じてるよね?という、矛盾とも思えるような現象が、なんとも不思議だなあ~と、素朴に感じたわけです。実は以前から思っていることなんですが、また改めて感じられました。でも、その理由はなぜなのか考え出すと大変なのであんまり考えません(爆)

とってもおもしろい小説だったのだけれど、「おもしろかった」と思うのと同時に、 ちょっと違うことを考えさせるものがあり、ちょっと書いてみたくなったのでした。 あ、それがすなわち複合的なおもしろさなのでしょうか。

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二度死んだ少女