2009年11月5日木曜日

新橋演舞場11月公演: 盟三五大切

通し狂言「盟三五大切」と舞踊「弥生の花浅草祭」でした。

舞踊はくわしくないのですが、「弥生の花浅草祭」は三社祭の山車にのった人形の踊りという趣向で、ふたりが4種類の踊りを踊り分けるというもの。変化があって素直に楽しめました。松緑愛之助がそれぞれ個性的で、3番目の通人と野暮大尽なんてあまりに対照的でおかしかった! 最後の石橋での毛振り、松緑がやたらぐるんぐるんと元気に回しててパワー全開でした。

盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)」は、「東海道四谷怪談」で有名な鶴屋南北作。四谷怪談の後日談でもあり、忠臣蔵番外編ともなっています。さらに、当時流行っていたという五大力物でもあるという盛沢山なスプラッタ。五大力物というのは、実際にあった薩摩藩士による五人切り事件をモデルにした、「女に裏切られてカーッとなって大量殺人してしまうお話」のことだそうです。また、「五大力」とは江戸時代に女性が貞操の証として持ち物などに書いた言葉でもあります。

というわけでこのお芝居は、芸者小万に入れあげて身上をつぶし、さらに討ち入りの義士に連なるために用意した100両を小万の夫、三五郎にだましとられてしまい、挙句の果てに「お前こそ間男だ」とののしられて、カーッとなって5人切り殺したのに肝心の小万三五郎だけは取り逃がし、転居先まで追いかけて小万とその赤ん坊、乳母まで惨殺し、小万の首を前に食事を始めてしまうという、とんでもない殺人犯、薩摩源五郎の話なのです。が、そこで話は終わらない。お互い知らなかったけれど源五郎(実は不破数右衛門)は三五郎の父の主人でした。三五郎は父に勘当を解いてもらうため、主に必要な100両を調達しようとだましを働いたというわけ。それが判明して、三五郎は自害して源五郎の罪までかぶって死んでいきます。一方、源五郎は晴れて義士の一員となって仇討ちに加わるのでした。

いやあ、人が死にまくる。映画だとどうかと思いますが、どうも歌舞伎は人が死ぬほどおもしろくなります。……って、よく考えると「源五郎やばくない?」って話だよね。うーむ。源五郎が実は不破数右衛門って、忠臣蔵の中でも人気の義士だよね。勘平の切腹に立ち会うのもたしかこの人。うーむ、うーむ。……しかし、そこでよく考えてはせっかくの落ちが落ちません。最後でつじつまがあってくれてよかったぐらいに思うべきです鶴屋南北。とにかく陰惨な四谷怪談より好きかもしれません。ギミックはないけど。

さて、それで今回は源五郎を染五郎、三五郎を菊之助、小万を亀治郎という配役でした。とにかく、菊之助の三五郎がかっこよくって艶っぽくって、小万といちゃいちゃしているシーンとかすごかったです~。三役それぞれ見せ場があっていい芝居だと思うのですが、なんとも三五郎にやられました。ああかっこよかった。菊之助ってあんなにかっこよかったかなあ……もしかして、立役やったのをはじめて見たかもしれません。女形でもわりと好きでしたが、もうきゅーってなっちゃいました。
小万が(たぶん本当は三五郎のため?)五大力と腕に彫った彫り物を見て源五郎は自分だと思いこんでよけい舞い上がってしまうわけですが、後で三五郎が自ら三と七を彫り足して三五大切としてしまうくだりなんかもいいですね。ここで題名を思い出すわけです。「かみかけて三五大切」。なるほど!

運よく、今回は一階最前列のはじっこ(花道側)だったので、舞台上がよく見えるのももちろん、役者さんの後姿だの足元だのをたっぷり見れて、自分が着物を着るときの参考にもなりました。芸者や花魁が冬でも裸足なのは、素足の美しさを誇っていたからだそう。ええと、それはまねできないです……寒がりなもので。
それから、ひとつ書き忘れてました。花道の下から見上げた、小万の首をふところにかかえて帰る源五郎の顔。しーんと冷たく酔ったような、焦点の定まらない目で首を見つめてかすかにうれしげな笑みを浮かべてふらふらと行くその顔がものすごく印象的だったのです。きっと一生覚えてるだろうな……

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