2009年3月26日木曜日

ルパン傑作集

なんとなく思い立って、モーリス・ルブランアルセーヌ・ルパンものを片っ端から読み返しました。と言っても、少年探偵が登場する話やシャーロック・ホームズがこけにされる話ははあんまり好きじゃないので、『奇岩城』『ルパン対ホームズ』『水晶栓』はすでに手放しています。手元にあるのは『強盗紳士』『ルパンの告白』『バーネット探偵社』『八点鐘』(ここまで短編集)と『813』『続813』『棺桶島』の7冊。特に『八点鐘』『バーネット探偵社』『棺桶島』は好きでストーリーもほとんど暗記状態ですが、他の4冊は数年ぶりだったので、とっても新鮮な気分で読めました。古典的ではありますが、やっぱりおもしろい。反省しているようで、実は全然反省していない強盗紳士っぷりがたまりません。登場する他の人々も、それぞれ善悪あわせもつ人間らしい人間ばかりで、さすが「小説」の国フランスだなあ、と思いました。
対して、かなり読み返している3冊はミステリとしてなかなかできがいいし、ルパンが偽名で登場するのでルパン物というより普通に推理小説として楽しめるのがひいきの理由です。ちゃんと恋愛話も入ってるし。『バーネット探偵社』のあるエピソードはルパンがちょっとひどすぎると思いますが(笑) 『棺桶島』の荒唐無稽さはたまりません。すごく映画化に向く話だと思うんだけど、映画化されてないのかしら?

さて、そんなルパン物ですが、私の持っているのは新潮文庫のルパン傑作集です。なんと堀口大學の翻訳で、刊行は昭和30年代、つまり1960年台。堀口大學の訳は時代の香りがして、なんともたまりません。なんといっても、男性の第一人称が(年齢を問わず)「わし」ですもん。それでも、初版で地主階級の男の人を「田紳」と書いていたのを「田舎紳士」と直したりしたんだ、と訳者あとがきに書いてありました。今となっては、その多少の古めかしさがルパン物にはぴったりに思えます。原作自体書かれた時代も古いし、強盗紳士という存在がそもそも現実にはそぐわない空想的な存在なんですから。これでも翻訳を仕事にしている身なので、「この文章はどう訳すべきか」をいつも考えています。趣味で本を読んでいても、つい自分の頭の中で訳し直したり、原文を想像したりします。原文の存在を意識せずにすんなり読める、でも原文の意味には忠実な文章を書きたいものです。そういう意味でも、堀口大學ってすごいなあって思ってしまう。有名な詩の翻訳も、もとから日本語で書かれたかのような美しさですもんね。

さて、古い本には内容とはまた別の楽しみもあります。このルパン傑作集は初版を持っているわけではありませんが、それでも1980年代に印刷された本なので、けっこう焼けて年季が入っております。そして、(活字フェチの私にはここが重要なんですが)使われている活字が小さくてかっこいいのだ。昔(すなわち活版時代)の本は上品な活字を使っていました。同じ明朝系なんですが、今よく使われているものよりも縦長ですっきり。そして小さかった。この本は、10級の活字が1ページに43字x19行入ってます。最近新潮文庫は買っていないので直接の比較はできませんが、ちなみに刊行されたばかりの講談社文庫は12級の活字が38字x17行です。1ページあたりの文字数がなんと171字も違うのだ。最近の文庫がやたら分厚かったり、どんどん読めちゃったりするのは、実は活字のせいでもあるんですね。でもそれって、なんだか内容が薄い気がしちゃうんですよ。場所もとるし(切実……)。老眼になったら言うことも変わるのかもしれないけど、私は1ページにいっぱい文字が入ってる方がうれしいです。はい、時代に逆行してます。編集の仕事もしているので、たまに字詰めなども検討するのだけれど、自分の趣味と世の流れをすりあわせるのが大変なのだよ。

今は電子媒体で本を買ったり、インターネットでいろいろ読んだりできてしまうけれど、なんと携帯電話でもいろいろ読めてしまうらしいけれど、やっぱり紙で(しかも日本語の場合縦書きで)読むことは、内容の受け止め方にとてもよい影響があるように思えてしかたありません。心理学者ではないので実験して検証することはできないですけどね。単に情報を得るだけなら媒体がなんだろうとかまわないし、横書きのほうがよい場合も多い。でも、フィクションを楽しむときには、やっぱり本の形で、縦書きで、しかもできれば活字や紙の色がしっくりくるほうがいい。内容に没頭できるし、うまく説明できないけれど、心の奥深くまで入ってくる気がするのです。しかも、寝ながら読めるしね!

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強盗紳士 (新潮文庫―ルパン傑作集) これだけ30年前と装丁が変わってなくてびっくり。
ルパンの告白 (新潮文庫―ルパン傑作集)
バーネット探偵社―ルパン傑作集〈7〉 (新潮文庫)
八点鐘―ルパン傑作集〈8〉 (新潮文庫)
813 (新潮文庫―ルパン傑作集)
813 (続) (新潮文庫―ルパン傑作集)
棺桶島 (新潮文庫―ルパン傑作集)

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